山歩き日記 ER 

ハイキング登山&旅日記など

3月27日 筑波山は大雪!!!

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標高700メートル以上は、積雪30センチの大雪!!!

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写真は、裏筑波山のキャンプ場コースにて

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ブナの木は美しかったです。

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筑波山、全山、真っ白です。。
これから登る人は、お気を付けください。
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3月20日 筑波山境界裁判探訪歴史トレッキング

{ 今回は、一大プロジェクト登山になる。
前代未聞、今まで恐らく誰も、このような目的のために
筑波山に登る者は居なかっただろうから・・ }

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直前の(BLOG)記事にも記しましたが、
筑波山神社の境内に、この石碑が在ることを
意識して知っている人は、ほとんど居ないのではあるまいか・・
と思います。

『 筑波山頂境界確定記念碑 』 です。

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本日は、地図上の(イ)=三方境、(ハ)=石重ね、(ニ)=男体山頂
を探し歩く登山&探訪ツアーを決行します。
時間が有れば、(ロ)地点にも行きたいと思います。

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AM、06:10、 家を出ました。
ちょうど朝日が上がったところでした。
今日は一日良いお天気の予報です。

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06:30、 東京都内から居らした、takepapaさんを
TX流山おおたかの森駅に迎えに行き、
ピックアップしてから、常磐道に乗りました。
takepapaさんとは、富士山の星観荘さんの御縁で、
10年前から知り合いでしたが、何と、今回が初対面でした!!

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いつもは、谷和原ICで降りてしまいますが、
今朝は久しぶりに、谷田部ICで降りて最短ルートで筑波山へ。
筑波山の姿は、春霞でぼんやりとしています。

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いったん、筑波山麓BC(べーすきゃんぷ)に顔を出してから・・

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神郡の市営駐車場に、本日のメンバーが集合しました。
私も含めて、総勢6名です。
案内板に有った地図で、まずは第一回目のレクチャー。

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今回は、私がガイド(道の案内役&荷揚げ係)。
そして、この御方が常総市の、〇右衛門さん。
今回のトレッキングツアーの立案&企画者です。
それと、〇右衛門さんの御子息と、お友達2人です。
最後尾は、takepapaさんです。
08:15、 本日の歩き出しです。

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日差しがとても暖かく、おだやかな良い日です。
風も無くて、良い登山日和です。
筑波山の南東方向へと歩いて行きます。

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しばらく歩いて、六所地区に入りました。

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まず最初は、六所大仏にご案内しました。

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08:48、 登山口が在る、六所神社に着きました。
ここからが、いよいよ入山です。
しらたき道を登ります。

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10年くらい前までは、まぼろしの滝とも呼ばれた
「 六所の滝 」 にご案内しました。

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ここの滝は、二度面白いのです。
六所の滝の、すぐ先の堰堤(えんてい)の滝も、
なかなかのものです!
〇右衛門さんの御子息は、高校を卒業されたばかりです。
仲良し3人組だそうです。
今回は、高校卒業の記念登山 ・・・ だそうです!!

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つくば市営ふれあいの里の中を歩いて行きます。
早咲きの桜が咲いていました!

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今回のメンバーは皆、健脚が揃いました。

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09:46、 「 白滝 」 に着きました。
気温は、12℃、 でしたが登山には適温です。
私以外は全員、初めて白滝を見ました。
白滝は山深いので、なかなか来れない所です。

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私が持参した、カップヌードル(カレー味)を皆さんに振舞いました。
私のザックの重さは、14キロ弱、いつもよりもかなりの重たさです。
カップ麵の中に、お餅も入れてあげました!(笑)

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10:15、 白滝から再スタートです。
七十七段の階段を登って行きます。
ここからが、厳しい急登になります。

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白滝神社を過ぎて・・

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旧桜山キャンプ場跡地に。
(右の写真提供=〇右衛門さん)

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そして、本日の最難関ルート部分とも言える
細い山道を登ります。
若者3人組には、先に行って貰いました。
私は重たいザックを背負っているので、スピードが出ず最後尾です。

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スカイラインに飛び出しました。
ホッと安心して一息です。

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つつじヶ丘に向かってスカイラインを歩いて行きます。

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10:59、 つつじヶ丘に着きました。
小休止をしました。
今日は祭日で休みですから、観光客で賑やかでした。

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つつじヶ丘からは、東筑波ハイキングコースへと進みました。
ここは、本当に空いています。

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東筑波ハイキングコースの核心部へ。
体力が有る三人組に、先にまた行って貰いました。
しかし、山歩きはそう簡単ではなさそうです。
彼らは思いっきりコースミスをして、迷子になっていましたので(苦笑)

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やがて道は、裏筑波へ。
〇右衛門さん、嬉しそうです。
こういう地理的な案内板が”大好物”だそうです。
この案内板に記してある「三方境」は、
私の独自調査の位置とほぼ一致していました。

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12:19、 旧日本ハムコース(土俵場ベンチコース)のベンチに来ました。

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ここで大休止にして、熱いココアを振舞いました。

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隊列を組んで、土俵場ベンチコースを登ります。

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いよいよ、地図上の 「 三方境 」(さんぽうざかい) 
 = (イ)地点を目指します。
旧の、筑波郡、真壁郡、新治郡、 の3つの行政区の境です。
現在の、つくば市、桜川市、石岡市、の3つの市境になります。 

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12:53、 このあたりが、三方境と特定しました。
残念ながら、今現在は何も目印が有りません。

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三方境からは、キャンプ場コースを登りました。
若者3人衆とtakepapaさんは、争うように先に登って行ってしまいました。
反対に、私と〇右衛門さんの2人は、のんびりと登りました。

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13:36、 女体山頂に到着しました。
気温は、13℃でしたが、無風で暖かでした。

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女体山頂は、観光客でごった返していました。
若者3人衆のうちの2人は、今回が筑波山初登頂との事!

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ガマ石では、お約束の石投げを。
( なるべく小さな石を投げるのがコツです )

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集合写真です (写真提供=〇右衛門さん)

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ランチはせきれい茶屋さんで。
つくばうどんをtakepapaさんとシェアしました。

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14:39、 御幸ヶ原にやってきました。

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次の調査地点へと向かいます。
時計を見て、ちょっと焦りました。。

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自然研究路の北側へ(反時計回りで)。

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(ハ)地点  = 石重ね。
「 大石重ね 」 を見学しました。 

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自然研究路の南側に出ました。
高度感が有って、少しスリルが有る場所です。
写真は、第二展望台にて。

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今現在、アンテナの管理道が登山道になっています。

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(ニ)地点 = 〇×テレビ中継所のアンテナ下の
数十メートル下が、(ニ)地点だと特定しました。
以下、(ホ)(ヘ)(ト)地点は、特定できませんでした。

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15:23、 男体山頂にお参りしました。

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御幸ヶ原コースで下山しました。
ここでもまた、若人3人衆とtakepapaさんが、
速攻で降りて行ってしまいました。
またもや私と〇右衛門さんと、ゆっくりペースで降りて行きました。

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16:33、 約1時間のスローペースで筑波山神社に降りて来ました。
先に降りてしまった人は、待ちくたびれてしまったようです。

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筑波山神社境内の中の、「三猿」を案内しました。

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『 筑波山頂境界確定記念碑 』
本来ならば、この石碑を読んでから登るのが良かったのでしょうけど。
なので、〇右衛門さんから入念に、レクチャーをして頂きました。

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セルフシャッターにて記念撮影。

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16:53、筑波山神社をあとにしました。
しかしまだ、標高差300メートルを降りなければなりません。

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つくば道を降りて行きます。

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前回ご案内しそびれた、江戸時代の石碑をお見せしました。
{ 是よ里山上 } (これよりやまうえ)と彫られています。

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今日の筑波山は、一日良いお天気でした。

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17:33、 神郡の駐車場に帰ってきました。
お疲れさまでした。

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BCにて、皆にお茶を呼ばれてから解散しました。
takepapaさんをTXつくば駅に送ってから家路に就きました。


1月9日に、〇右衛門さんご家族と、
北条からつくば道を登って筑波山神社までご案内した際に、
『 筑波山頂境界確定記念碑 』 の存在を〇右衛門さんに
教えて頂きました。
その日、この三方境や境界を巡る登山トレイルを
〇右衛門さんから立案されました。
本日、その登山が開催出来て良かったです。
それまでは、私自身も山の境界には、それほど関心も無かったですし、
ましてや裁判で争った歴史が有ったなんて知りませんでした。
今日は、1月9日以来、コツコツと資料集めや、
私一人でのプチ現地調査をしてきた成果が出て、良かったです。
今回は、背中のザックは重かったのですが、
個性的なメンバーが集まって楽しい山旅でした。
参加してくれた皆さん、有難うございました。
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筑波山山頂 境界確定裁判の資料

筑波山神社境内に有る 
 { 『 筑波山頂境界確定記念碑 』 の碑文 }

 延喜式の名神大社、筑波郡筑波山神社男女二神の神体山と
崇められた筑波郡筑波山の北側境界は奈良時代に遡る筑波、
真壁両郡の行政境界である。

 筑波郡筑波山は江戸時代には独立した行政単位で、
その北側は真壁郡羽鳥村に隣接していた。

 明治の新政府で筑波山は筑波郡筑波町壱番地となり、
羽鳥村は真壁郡紫尾村に編入された。 

 大正時代を経て昭和5年5月に当時に真壁郡紫尾村長
泉榮一氏が筑波郡筑波町長原幹寿氏に筑波山頂男体女体間の
分水嶺境界を主張して境界の確定を求めたが
昭和6年9月満州事変の勃発により中断した。

 昭和20年8月、大東亜戦争が終結し戦後の市町村再編で
柴尾を合併した真壁町が交渉を再開して、
昭和32年8月12日水戸地裁に行政境界の確定を求める
訴訟を起こし、同38年4月16日真壁町が全面的に勝訴した。

 筑波町は筑波山神社を補助参加人に加えて、
東京高裁に控訴し、一審で主張してきた筑波山頂の北側に残る
大木の現境界を改め、古来からの三方境お迎え石、
大石重を結ぶ歴史的境界を主張して、その立証に成功し、
昭和59年6月30日に逆転勝訴した。

 真壁町は最高裁に上告したが、昭和61年5月29日上告棄却の
判決があり、筑波郡筑波町と真壁郡真壁町との筑波山頂に於ける
境界は、東京高等裁判所昭和38年ネ第1179号境界確定請求の
判決通り、筑波山の女体山一等三角点を基点として測定された
図面表示のイ点の三方境から ロ点お迎え石、ハ点石重、
ニ点の石、ホ点駒返石、ヘ点の石、ト点の石、
チ点の官林石標264号の各点を順次直線で結んだ線であると確定した。

 ここに筑波山頂に於ける筑波、真壁両町の行政境界問題の
発生より確定に至る経過を碌し、筑波、真壁両町が勝敗を度外視して
心魂を傾け、霊峯筑波山の歴史伝統を明確にして誤りがなく
護持し得た喜びを伝えると共に、特に筑波山神社境内地の
歴史的境界に着眼して本件を勝訴に導いた神田五郎弁護士をはじめ、
関係者の功績を称え永く顕彰するものである。

 因に、筑波研究学園都市に市制が施行されることになり、
昭和62年11月30日筑波郡大穂町、同豊里町、同谷田部町と
新治郡桜村の4ケ町村が合併してつくば市となり、
昭和63年1月31日に筑波町がつくば市に合併して現在に至る。
   平成3年10月吉日
  茨城県つくば市大字筑波壱番地
  筑波山頂境界確定記念碑建設委員会
 
*****************************

(最高裁判所)  主   文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

       理   由

 上告代理人岡部行男、同吉永順作、同復代理人志村桂資の
上告理由について
 明治一一年七月二二日太政官布告第一七号郡区町村編制法は、
一条において「地方ヲ画シテ府県ノ下郡区町村トス」と規定し、
町村を行政区画の一つとして位置付けたが、
個々具体的な町村につきこれを新たに創設するということはせずに、
二条において「郡町村ノ区域名称ハ総テ旧ニ依ル」と規定し、
江戸時代から存続した町村の区域名称を承継した。
そして、郡区町村編制法に続く明治二一年法律第一号町村制は
三条本文で「凡町村ハ従来ノ区域ヲ存シテ之ヲ変更セス」と規定し、
さらに明治四四年法律第六九号町村制は一条で
「町村ハ従来ノ区域ニ依ル」と規定し、現行の地方自治法も五条一項で
「普通地方公共団体の区域は、従来の区域による。」と規定し、
それぞれ、町村の区域については従来のそれを引き継ぐこととしている。
几たがつて、今日における町村の区域は、結局のところ、
江戸時代のそれによるということになる。
なお、以上の各法令は、一定の場合に町村を廃置分合し又は
町村の境界を変更若しくは確定する手続を定めており、
これらの措置がとられた場合には、それに伴い定まつた区域によることは
いうまでもない。そうすると、町村の境界を確定するに当たつては、
当該境界につきこれを変更又は確定する右の法定の措置が
既にとられていない限り、まず、江戸時代における関係町村の
当該係争地域に対する支配・管理・利用等の状況を調べ、
そのおおよその区分線を知り得る場合には、
これを基準として境界を確定すべきものと解するのが相当である。
そして、右の区分線を知り得ない場合には、
当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係町村の
行政権行使の実状、国又は都道府県の行政機関の管轄、
住民の社会・経済生活上の便益、地勢上の特性等の自然的条件、
地積などを考慮の上、最も衡平妥当な線を見いだして
これを境界と定めるのが相当である。
 これを本件についてみるに、原審の確定した事実関係は、
おおむね次のとおりである。
1 上告人と被上告人とは、筑波山頂付近において境界を接している。
上告人は茨城県真壁郡内にあり、被上告人は同県筑波郡内にあり、
上告人と被上告人との筑波山頂付近における境界
(以下「本件境界」という。)は、真壁郡と筑波郡との境界でもある。
そして、真壁郡及び筑波郡の区域名称は、江戸時代のそれを
承継したものであり、明治以降において、両都の筑波山頂付近に
おける境界、したがつて本件境界につき、これを変更又は
確定すべき前記の法定の措置はとられていない。
2 筑波山の山頂は西峰の男体山、東峰の女体山の二峰に
分かれているところ、補助参加人の前身の筑波山神社は、
古来これら二峰を二柱の神として祀り、男体山頂に男神の本社、
女体山頂に女神の本社を置き、筑波山頂付近に多数の摂社及び
末社を配していたが、江戸時代においては、その別当寺である知足院
(後に護持院と改号)の管理下にあつた。そして、知足院(護持院)が
江戸時代にその寺領として領知権を有していた境内地は、筑波郡に属し、
かつ、筑波山の南側山腹から北側山腹にまたがつていた。
右境内地は、筑波山の北側山腹において、
原判決末尾添付図面の(イ)点の三方境、(ロ)点のお迎石、
(ハ)点の石重ねに及んでいたが、(イ)点の三方境は、筑波郡、真壁郡
及び新治郡の接点をなし、筑波郡と真壁郡との境界の東端、
したがつて本件境界の東端に当たる。
そして、(イ)点と(ロ)点及び(ロ)点と(ハ)点の各間には
境界を示すような物は存しない。
また、右図面の(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び(ト)の各点には
いずれも巨大な自然石が存し、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び
(ト)の各点の脇には男体山に向う尾根道が通じているが、
右の尾根道は右の境内地の中か、少なくともその縁辺に位置する。
右図面の(ホ)点が上告人と被上告人との境界上にあること
及び同点より両側の境界については、両者の間に争いがない。
 原審の以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、
正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
そうすると、筑波山のうち原判決末尾添付図面の
(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び(ト)の各点を順次直線で
連結した線より山上の地域は、江戸時代においておおむね
筑波郡に属する知足院(護持院)の境内地としてその支配管理下にあり、
それが明治以降も筑波郡の区域として承継されたものというべきであり、
そして、明治以降本件境界を変更又は確定すべき前記の
法定の措置はとられていないのであるから、
原審の確定した右事実関係の下においては、
本件境界は右図面の(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)
及び(チ)点の各点を順次直線で連結した線であることを確定するとした
原審の判断は、正当として是認することができる。
論旨は、ひつきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、
事実の認定を非難するものにすぎず、いずれも採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、
裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 
  裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)
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飲んでいません 

( 私は、  BEERが好きなんですけども )
気が付くと、昨年の12月の半ばくらいから
全然全くアルコールの類は飲んでいません。
正月休み中は、車を運転するので飲みませんでしたし、
2月、3月と、酒宴の付き合いも全然無しでした。
この分だと、半年、一年・・ 飲まなくても良いかな。
お酒を飲まなくても生きていける私は便利 
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3月13日 初めて護摩壇岩屋へ辿り着く

来週は、ゲストを筑波山にご案内する予定です。
今日は、そのコースの予習を兼ねて、
先週勘違いした「護摩壇岩窟」へ行ってみたいと思いました。

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天気予報は、あまり良くなくて曇りの予報です。
所によって小雨も降るとの事でした。

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桜川を渡るところに居るカエルさんです。

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筑波山麓BCにて朝食を御馳走になりました。
御礼に作業を手伝ってから、
AM09:05、 つくば田井小学校から本日の歩き出しです。
気温は、 9℃、 と肌寒い朝でした。

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筑波山に近づくように歩いて行きます。
お天気は今のところ大丈夫そうです。
今日は、ロングトレイル(長旅)を予定しています。

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民家の黄色いスイセンが綺麗でした。

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六所大仏を通り過ぎ・・

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久しぶりに「六所の滝」へ行って見ました。
ちょっと発見がありました、来て、良かったです。

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筑波ふれあいの里の中を通行します。
年配のご夫婦のハイカーさんを追い越しました。

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10:20、 白滝に着きました。
今朝は朝ご飯をタラフク御馳走になったので
栄養補給する必要が無いので、休まずに通過しました。

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六所神社から、70分というハイペースで、
つつじヶ丘に着きました。
気温は下がって、4℃でした。 真冬の寒さです。

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つつじヶ丘でも休憩不要で、東筑波ハイキングコースへ進みました。

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11:46、 土俵場のベンチで昼食にしました。
この少し前からは、雨が降ってきました。
急いでレインウエアを着込みました。
着ているものが濡れないので、
雨よりも雪のほうが私は好きなのですが。

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12:03、土俵場ベンチコースでなはくて、
お隣の「緑の石コース」(=私が勝手に命名)を登ります。
途中で雨は止みましたが、気温が低いので
レインウエアは着たままです。

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尾根に出てから、ちょっと調べものをしてから、
12:24、 赤い看板から、「護摩壇」を探して再スタートです。
(初心者の人は絶対に、1人では行かないように願います)
(遭難防止のために、登山道の詳細については書きません)
(急坂有り、ルートファインディングの技術が必要になります)
(山慣れしたベテラン向きのルートです)

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5~6分歩くと、涸れ沢に出ました。
通称=「中沢ケルン」と言われている場所のようです。
(現在、ケルンは有りませんでした、撤去されたようです)

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ここからが、急登の連続でした。
キツイ、キビシイ急坂を登らなければなりません。
しかも、この日は地面が滑ってすごく難儀しました。

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ブナの大木が迎えてくれました。
束の間ですが癒されます。

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依然として急坂が続きます。

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大岩がゴロゴロ、と言うかデーンと鎮座する、
大岩が、たくさん有る場所に来ました。
ここで困りました・・
岩場でルート(道)が完全に消えました。。
ルートファインディングが必要です。

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何とかルートを見つけ出して、
12:50、 「 護摩壇岩屋 」 に来ることが出来ました!
内部には、「筑波仙人」と彫られた石碑がお祀りしていました。

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岩窟の中には、穴が有りました。
ここを潜って行ってみました。
まさに岩の裏側に出ましたが、景色はよくありませんでした。

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10分ほど探査してから、護摩壇岩屋から再スタートしました。

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このルートは、やはり「古道」でした。
あきらかに、人が造った石段が残っていました。
風情があります。

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ルートの最後は、急坂でした。
ひたすら登ります。

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13:10、 疲れ果てたので、北斗岩のところで大休止としました。
パンをかじりながら、休みました。

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ここは、さすがに筑波山の銀座ルートです。
登山者は、ぼちぼち居ました。
女体山直下の岩場を登ります。

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13:37、 女体山山頂に着きました。
気温は、 6℃ 。
見晴らしは利きません。

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御幸ヶ原に来ました。
これよりは、男体山にも登ります。

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筋肉疲労で重くなった脚の割には、
8分間で、男体山頂に着きました。

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男体山頂でも、調べものをしました。

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14:40発のケーブルカーにて下山しました。

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今日も、なかなかのロングトレイルでした。
脚が(疲れて重くて)、先に出ません。。
雨天装備の恰好でしたが、派手ハデでした。(笑)

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振り返って見る筑波山です。
女体山には分厚い雲が掛かっていますから
あの雲の中は雨かもです。

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15:30、 神郡に帰ってきました。
お疲れ様でした。
気温は、 11℃ でした、一日寒い日でした。

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BCの居間で、大相撲のテレビ観戦をし終わってから
家路に就きました。
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プロフィール

@ yamasuisui

Author:@ yamasuisui
◎このBLOG は自分自身の
日記の記録として、
そして私の身近に居る方達への
近況報告を感謝を込めて
書いています。
いつもお世話になっています。
これからも宜しくお願いします。
***************
過去の記事につきましては、
http://tukuba22.blog90.fc2.com/
にてご覧下さい。
***************
☆夏の富士山を麓から登る為に
毎週筑波山でトレーニングを
続けています。
富士山登頂100回=当面の目標です。
[2016年9月現在=通算86回登頂]
☆西の富士、東の筑波、と昔から
言われる名峰。
日々、筑波山の事を学習しています。
◎職業は理容師&美容師です、
理容師免許・美容師免許両方を取得。
現在、理容室を経営しています。
千葉県流山市から発信しています。
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